風水で開運!東京のパワースポット参拝!!【東京五色不動巡り】

パワースポット

不動明王は苦しみや厄災から救済し
成功に導いてくださる仏様。

今回は唯一公式に知られている
江戸の不動結界」のお話です。

これまで「ミスティカルライフ」では、
東京には御利益絶大な
風水構造のパワースポットがある
…というお話をしてまいりました。


出典:http://www.china-watching.com/

お世話になっている本物霊能力者が
「東京には徳川家が創った
開運の巡礼がありますよ。
行ってみたらどうですか??」
と私に助言してくださいました。

私は情報を集め始め、
アドバイスをもらいながらも
風水構造の仕掛けを
解き明かすことが出来ました!!

現在、この風水守護のご利益を
まともに知る人はいません。

いろいろ調べましたら、詳しい人でも
四神、鬼門や裏鬼門、不動明王の守護が
ごちゃごちゃになっています。

ましてやその風水構造の
御利益をまともに受けている人は
誰もいないという事になります。

そしてこの結界の巡礼は、ご利益が
足し算ではなく掛け算になるのです!

徳川家康がそのブレーンであった
天海僧正が創り上げた
今も残る東京の街の風水構造の結界。
そのメインが
☆不動結界
☆鬼門と裏鬼門結界
☆四神結界
です。

この3種類の結界を巡るという事は
昔の徳川家と同じ御利益を
いただくということです。

この結界は、中国の道教からの流れで
日本にもたらされた最強の風水構造。

奈良(藤原京、平城京)や京都(長岡京、平安京)は
こうして造られ、
その痕跡を巡る巡礼などは
現在もあります。

勿論東京という街も
完璧な風水都市でした!


出典:https://fusui-fudosan.jp/

この風水構造を解き明かす鍵は
江戸城跡
…そうです。皇居です。

皇居を中心に風水構造を解き明かします!

その皇居を囲むような形である結界の一つが
比較的知られている不動結界になります。

ライターは私、スピリチャルマン

そして、
「お不動さんに願いをかなえてもらいたい」
ということで、今回も
スポーツと食とパワースポットが大好きな
タレントのライ・チャンが参拝してくれます!

 

 

江戸城を守護する五色の不動明王

不動明王は、正式には大日大聖不動明王
(だいにちだいしょうふどうみょうおう)。

いつも身近で私たちを護るために
大日如来が姿形を変えて現われた
と言われています。

お不動様は信ずる人の心の内に住み、
その人を守護し、ご利益を下さいます。


出典:https://cocoloni.me/sen/shichu/

そして五行思想は風水の思想で、
万物を(木、火、土、金、水)という
五つの要素で表しました。

東京の不動結界は五行思想の
五色(ごしき)からと言われ、
木=目青不動尊
火=目赤不動尊
土=目黄不動尊
金=目白不動尊
水=目黒不動尊

となります。

五色不動は現代でもご利益があるか??


出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/

3代将軍徳川家光が大僧正天海の助言で
江戸の鎮護と天下泰平を祈願して、
江戸市中の周囲5つの方角の不動尊を選んで
割り当てたとされます。

明治以降の廃寺、神仏分離などで
今は江戸時代と五色の配置が変わり
もう結界が壊れているという人もいます。

中には
「元々五色不動というもの自体無かった」
…と言う人もいます。

しかしそんなことはありません。
その霊験は今も変わらず
”絶大”なのです!

五色不動尊の巡礼


出典:http://www.asahi-net.or.jp/

東京の五色不動は当然のごとく
皇居を囲む形に配置されています。
それは明治以降
位置が変化しても同じです。


(五色不動御朱印)

基本参拝の時と同じく時計回りに参拝します。
できれば一日で参拝しましょう!
このようにガンバれば可能です。

巡り方としては、
目青不動→目白→目赤→(目黄)→目黄→目黒
と時計回りで巡るのがおすすめです。

今回ライ・チャンは、
スケジュールの合間を縫って
数日に分けて参拝してくれました!

目青不動尊

「目青不動」と呼ばれる
「竹園山最勝寺教学院」は天台宗の寺院で、
三軒茶屋駅から徒歩4分の場所にあります。
(天台宗 最勝寺 教学院 世田谷区太子4-15-1)

創建は応長元年(1311)
江戸城内の紅葉山の位置→
麹町貝塚(太田道潅の江戸城築城のため)→
赤坂三分坂→
慶長9年(1604)青山南町(百人町)にある
3000坪以上の土地を拝領し、またまた移転。
閻魔堂が建立されました。

明治に当時麻布谷町(現六本木一丁目付近)
にあった観行寺が廃寺に。
本尊の不動明王像(秘仏)と
前立の不動明王像が最勝寺に遷されて
江戸五色不動の1つの「目青不動」と呼ばれ
念仏講によって建てられた
閣魔堂に奉安され
以後、不動堂と称されました。


(不動堂)

明治42-44年(1909~1911)
太政官布告により、
世田谷の現在地に移転しました。

本堂本尊…阿弥陀如来
源信(恵心僧都)作。
不動堂本尊… 目青不動明王
(関東三十六不動尊霊場十六番札所)
円仁(慈覚大師)作。

目青不動尊は昔から「縁結び不動」
とも呼ばれています。

他、境内には大久保家の
歴代藩主の墓などがあります。

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/kyogakuin/

目白不動尊

「目白不動」と呼ばれる
真言宗の「金乗院[こんじょういん] 」。

JR山手線・目白駅より徒歩約25分
地下鉄副都心線・雑司が谷駅より徒歩約5分
(豊島区高田2-12-39)

この寺院は、開基である僧・永順が
本尊の聖観音菩薩を勧進して
観音堂を作ったのが始まり。

当初は中野にある宝仙寺の末寺でしたが、
後に護国寺の末寺になり
神霊山金乗院となりました。

現在の本堂は、戦火で焼失したのを
1971年(昭和46年)に再建。

文京区関口の、「目白坂」にあった
真言宗豊山派新長谷寺(しんちょうこくじ)
にあった不動明王像は
唐から帰ってきた弘法大師の作。


(不動堂)

寛永年間に三代将軍・徳川家光により、
新長谷寺の本尊である
『目白不動』の名を贈り、
以後、目白不動明王
と呼ばれるようになったそうです。

しかしその後第二次世界大戦による戦災で、
1945年(昭和20年)に廃寺となり
本尊の目白不動は金乗院に移され、
現在まで金乗院が
目白不動尊として
信仰を得るようになっています。

本堂本尊…聖観世音菩薩
不動堂本尊…目白不動明王(秘仏)。
(関東三十六不動霊場第十四番札所)
この不動明王は明王自ら左腕を断ち切り
そこから火焔が噴き出しているという
独特の姿をしており、特別に強い力があるといいます。
(別名 断臂不動明王:だんぴふどうみょうおう)


(倶梨伽羅不動庚申塚)

他、寛文6年(1666年)建立された
境内にある倶梨伽羅不動庚申塚、
丸橋忠弥の墓…などがあります。

目赤不動尊

「日赤不動」は
「天台宗 南谷寺[なんこくじ]」
にあります。

地下鉄南北線・本駒込駅より徒歩2~3分。
(本駒込1-20-20)

元和2年(1616年)
比叡山の南谷にいた万行律師によって開基。

彼は熱心な不動明王の信仰者で、ある夜、
伊賀国(現在の三重県)
の赤目山に行くよう夢でお告げがあり
赤目山の山頂で祈願していたところ、
天から一寸二分ほどの
黄金の不動明王像を授かったといいます。


(不動堂)

その後、江戸・下駒込の地
(現・本駒込3丁目付近、)に庵を結び、
不動明王像を安置しました。

この不動明王に対する人々の信仰は篤く、
多くの参詣者が訪れたそうです。

この不動堂の前の坂道は「不動坂」
(現在は「動坂」)と呼ばれています。

寛永5年(1628年)
鷹狩に訪れた三代将軍・徳川家光により
それまで「赤目不動」と呼ばれていた、
当寺の不動明王を目黒不動・目白不動にちなみ
「目赤不動」と呼ぶように言われ、
かつ現在の地を与えられ
「大聖山東朝院」と号するようになりました。

天明8年(1788年)に
上野の寛永寺の直末寺になると同時に、
「南谷寺」の寺号を与えられました。

その後1945年に戦災で
本堂、不動堂などが焼失しましたが
本尊は難を逃れ、後に
本堂(1958年再建)、不動堂(1983年再建)
が復興され現在に至っています。

本堂本尊…阿弥陀如来
不動堂本尊…目赤不動明王
(関東三十六不動尊霊場第十三番札所)

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/nankokuji/

目黄不動尊①

目黄不動は、五色不動としては二箇所あります。
恐らく鬼門方向の強化が目的だったと思われます。

①「永久寺」
営団日比谷線の三ノ輪の駅すぐ。
(台東区三ノ輪2-14-16)

正しくは天台宗養光山永久寺。

開基は古く鎌倉時代末期の
南北朝騒乱の頃とされます。

焼失、再建などを繰り返し
泰平の世となった寛永年間中頃、
東海道など五街道が整備され
幕府の命により
街道の道中安全を祈願寺として
五色不動として定められました。

そして
天台宗目黄不動尊永久寺として
大成したのでした。


(不動堂)

お寺は不動堂がポツンとある感じです。

しかしそのポツンとある不動明王は
非常に力とやさしさを感じます!

本堂本尊…阿弥陀如来
不動堂本尊…目黄不動明王

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/eikyuji/

目黄不動尊②

②「最勝寺(さいしょうじ)」
JR平井駅からバスで15分。
(江戸川区平井1-25-32)

正式には天台宗牛宝山明王院といいます。

大正2年(1913)本所(墨田区)表町から
現在地の平井に移転しています。

開山は貞観2年(860)、
慈覚太師が建立しました。


(不動堂)

本堂の不動尊は、元は東栄寺の本尊で、
明治初期に同町内の最勝寺に移され、
最勝寺とともに移転。

名僧良弁の作の立派な不動尊が安置され、
ここには最強の御利益といわれる
”五大明王”さんがいらっしゃいます。

本堂本尊…釈迦如来
不動堂本尊…目黄不動明王
(関東三十六不動霊場第十九番札所)

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/saisyouji/

目黒不動尊

「目黒不動 」は
「泰叡山瀧泉寺」にあります。

東急目蒲線不動前から徒歩15分。
(目黒区下目黒3-20-26)

お寺の開基は、慈覚大師円仁です。

大同三年(808)大師がまだ十五歳の時、
師の広智阿閣梨に伴われ比叡山へ登る途中
目黒の地に立寄り、
その夜に不動明王の霊夢を見て
自らその専像を彫刻、
安置したのに始まります。

その後再び目黒の地に下り、
寺堂の建設に着手。

天安二年(八五八)に
伽藍の造営に当たり自ら筆を執り、
「大聖不動明王心身安養呪願成就瀧泉長久」
と堂宇の棟札にしたため
寺号を「瀧泉寺」と名づけ、
不動専像を奉安しています。


(水掛け不動尊)

家光公の帰依を受け、寛永七年(1630)
上野護国院の開祖・
生順大僧正が当寺を兼董するに当たり、
堂宇の再建に着手され、
五〇余棟の大伽藍の復興が成りました。

家光の不動尊に対する信仰は儀く、
その伽藍は「目黒御穀」
と杯されるほど華麗を極めたとのこと。


(本堂)

また江戸の庶民も
その風に倣い多く訪れ、
不動信仰は益々
江戸時代を通じて隆盛を極め、
参詣客は常に絶えず
江戸随一の名所となりました。

本堂本尊…不動明王

五色不動では最も大きな寺院で、
愛染明王大日如来
阿弥陀堂観音堂、地蔵堂…など
数多くの見所があります。

そして目黒不動尊は
「日本三大不動」の一つと呼ばれ
歴史は関東最古とも言われます。

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/6ryusenji/

まとめ

いかがだったでしょうか?

ライ・チャンも気持ち良く参拝できたらしく、
しっかりお願い事もできたようです!

どこの不動明王も歴史あり
相当なご利益なのが理解できますが、
さらに五色揃ったご利益は絶大です!!

結界の巡礼をするということは
実際は一つの修業です。

行けば悩みなどは吹っ飛びますよ!!

ミスティカルチャンネル動画でもご覧になれます。
コチラ↓

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